雑記

暴言は聞き流そうとしても心を抉っている

どの職場でも大なり小なり暴言を受けることがある。

ミスをして暴言を受けることもあれば、ストレスの発散としか思えない暴言を受けることもある。どちらにしてもその手の言葉は聞き流すスキルが必要だ。流れ込んでくる暴言に合わせて適当に相槌をうって静かに終わるのを待つしかない。

ただ、暴言の奥底にある核心が正義であり正論になると言い返すことのできない説教に変わる。

こうなるとやっかいである。

正論であるとどのような暴言も簡単に聞き流すことのできない言葉になり、心の中で「正しいこと」として成立してしまうのだ。そうすると簡単に処理できなくなり、心の傷が深まるばかりである。

これを繰り返し受けると「自分はダメな人間だ」「周りは言葉は汚いが正しいことを教えてくれる」と思い込み、逃げることができずにひたすら耐える日々を過ごすことになるのだ。そうなると辞めるという選択肢がなくなり、心が闇に覆われる。

そのため、暴言を被った正論でも聞き流すことが大事だ。正論は正論、暴言は暴言である。言葉選びは相手だけではなく、それを拾う自分自身も大切なのだ。クソみたいな暴言は聞き流してゴミ箱に捨てるのだ。